2016年05月03日

縄文語で解釈する朝鮮語基礎語彙

今日の思いつき

「話」を「이야기 イヤギ」というのは「i-na gw-i 吾名来(イナギ):私の名の行為」

「名」を「이름 イルム」というのは「i-na mw-i 吾名身(イナミ):私の名の実体」

「犬」を「개 ケ」というのは「ka s-i 彼鹿(カシ):あの獣」(中期朝鮮語:가히 カヒ)

「風」を「바람 パラム」というのは「par-a mw-i 張ら身(ハラミ):船の帆を張らせるもの」(中期朝鮮語:ᄇᆞᄅᆞ미 パラミ)

「人」を「사람 サラム」というのは「sas-i mw-i 差し身(サシミ):生命の注がれた肉体」(中期朝鮮語:사ᄅᆞ미 サラミ)

「酒」を「술 スル」というのは「su-al-i 饐え(スエ):放置して酸っぱくなったもの」(中期朝鮮語:수울 スウル)

「糞」を「똥 トン」というのは「s-tal kw-al-a 其跡子(シトゴ):排泄をした後に残ったもの」(中期朝鮮語:ᄯᅩᆼ ストン、別名:뒤 トィ)



こんなふうに一見日本語と似ても似つかない様な基礎的な語彙でもこのように日本語と同じパーツから構成されているという解釈ができる。
思うに朝鮮語は日本列島生まれであり、半島へ入植していった縄文人たちの言語の成れの果てなのだろう。
posted by 大倭秋都禰禰(McSionnaigh) at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 忘備録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

日朝ツングース祖語構築的ななにか

日朝ツングース三点比較 縄文語解釈

日本語:
大 *əpə( < *ap-l[abə] ←合ひ・居=結びついて活動する)
親 oya[oja]( < *uja < *i-əwə < *i-əbə < *i-əpə[iwabə]←吾・大=私の大きなもの)

朝鮮語:
아버지 abəji(←大父 əpə-ti[abandi])「父」
아빠 appa(←大 əpə[abə]) 「父」

満州語:
amba(←大 əpə[abə])「大きい」

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日本語:
白 siro( *sir-i-əw < *sira-i-l[sirew]←白・い・居=白さに属して活動する)

朝鮮語:
흰 hɯi-n( < *hɯri-n < *sɯri-n < *sɯr-i-n < *sira-i-na[sirewnə]←白・い・の=白さに属するもの)「白」

満州語:
šanggiyan[ʃaŋgijan]( < *ʃaŋijan < *siɴjal < *sirʲal < *siri-an < *sira-i-na[sirewnə]←白・い・の=白さに属するもの) 「白」
šun[ʃun]( < *sirun < *siri-an < *sira-i-na[sirewnə]←白・い・の=白さに属するもの)「太陽」

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日本語:
離る kar-( < ka-r[karu]←彼・在=彼方にある)

朝鮮語:
길다 kil-「長い」 および 길 kil「道」
( < *kiri < *kʲar-i < *kari←離り=離れるためのもの)

満州語:
golmin( < *ɣolmin < *qolmin < *qolumi-n < *kar-mui-n < *kari-mli-na[karimwinə]←離り・身・の=離れた空間にあるもの) 「長い」

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日本語:
根 *nəi( < *nai < *nari < *nar-i←生り)
生る nar-( < *na-ar[naru]←名(菜)・在=大地に食べられるものがある)

朝鮮語:
나다 na-da( < *nara < *narʌ < *naru←生る)「出る、生じる」

満州語:
da( < *na←名(菜))「根」

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日本語:
離る sakar-( < *s-k-r[sakaru]←其・彼・在=それは彼方にある)
底 səkə( < *s-k-l[sakaw]←其・彼・居=それは彼方にいる)
城 kɨ( < *kui < *kli < k-li[kwi]←彼・居り=彼方にいる者=辺境の村)

朝鮮語:
골 kol( < *kul < *kuli < kli < k-l-i[kwi]←彼・居り=彼方にいる者≒村主(スグリ))「脳」
시골 sigol( < *si-kul < *si-kuli < *si-kli < *s-k-li[səkwi]←其・彼・居り=それが彼方にいること=村(スキ))「田舎」

満州語:
gašan[gaʃan]( < *ɣaʃan < *qaʃ-an < *kari-an < *kari-na[karinə]←離り・の=彼方にあるもの)「村」
posted by 大倭秋都禰禰(McSionnaigh) at 20:44| Comment(0) | 忘備録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月25日

朝鮮固有語だと思われている古代日本語由来の語「닭」と「끼얹다」

朝鮮語で'鶏'を意味する닭 tarkと'振り掛ける、降り注ぐ'を意味する끼얹다 kki-ənc-taは日本語由来ということが判明したので詳細をここに書き記す。


닭 tark(鶏)は上代日本語の鳥 təriに指小辞子 koが結合した「トリコ təri-ko」に由来する。

(これは東北で「トリッコ」、琉球で「トゥイグヮー」というのと丁度同じ、標準語でも「虜(トリコ)にする」という同形態素を用いた言い回しがある。)


古代に朝鮮半島に取り入れられた日本語の単語は話者が語源意識を持たないため、その後激しく変化を受けた。


təri-ko > turi-ko > turi-ki > tur-ki > tʌr-k > tʌrk > tark (> tak)


ト乙類/ə/は上古九州では/u/と言う音韻になる。


半島に入った時、接尾辞/ko/が名詞であることを明示する-iのついた/ki/に変わる。


発音を短縮するため二音節目の/i/は落ちる。

こうなると/u/が閉音節にあって発音しにくいので、少し変えて/ʌ/にする。


やがて指小辞/-ki/の意味が忘れ去られ、子音単独で音節を成せる共鳴音/r/のせいで語尾の/i/も無くなる。


/ʌ/は完全に前舌の/a/に変わり、/r/は単語単独の時には発音されなくなる。

文献で確認できる最古の発音である中期朝鮮語ではすでに変遷の終盤にあり「ᄃᆞᆰ tʌrk」「ᄃᆞᆯ기 tʌrki」という形だ。



一方で日本語側起源を示す単語の由来は以下の通りである。


「鳥 təri」という言葉は空に散り散りになって飛んでいる生き物という意味で、「散り tiri」から派生した。


「散り tiri」はタンポポの綿毛のような小さなものが無数に本体から分離して漂うという意味で「取れ tərəi」から派生した。


その動詞形「取れる tərəi-」は物の一部分が分離するという意味で、木の実などをちぎって持ち帰る時に使う「取る tər-」という動詞の自発形。


「取る tər-」は木から落下させた実を拾うという意味で「落とす ətəs-」から変わった。


「落とす ətəs-」は「落つ əti-」の使役形として発展した。


「落つ əti-」は低いところへ行くという意味で「下る ər-」に由来する。


「下る ər-」は海岸へ向かうことを指し「浦 ura」からの派生。


「浦 ura」は「海 una」の派生。


「海 una」は「水 mina」が変化したもので、これはすなわち「水 mi」と「名 na」の合成語である。


「名 na」は全ての物体を指す最も原始的な単語でここからは草原を意味する「野 nə」、水を意味する「沼 nu」、名を言う時の声を意味する「音 nai」をはじめとして無数の語が派生した。


「水 mi」はノストラティック超語族の'水'として再構された「*ʔ[a]b∇」の由来となった語で、全ての地点・空間・場所を指せる最も原始的な単語「間 ma」からの派生。



このように言葉の系譜を原始時代まで推定できるのは単純な音節の組み合わせからなる日本語ならではの特徴だろう。


ここでもう一つ例を挙げる。

끼얹다 kki-ənc-da(振り掛ける、降り注ぐ)、この単語は古代日本語から朝鮮語に取り入れられた事が気づかれないほど変化した例だ。


これは끼다 kki-da얹다 ənc-daの二つの動詞が合わさったもので、 「끼 kki-」は日本語の掛く kakəi-(現代語では「掛ける」) 、「얹 ənc-」は日本語の下ろす ərəs-から来ている。


끼얹다(ッキオンタ) kki-ənc-taの元となった日本語を現代日本人にもギリギリ分かる上古の形に組みなおすと掛き下ろさる(カキオロサル) kaki-ərəs-ar-となる。


「掛き下ろす」の上代の発音は/kakiərəsu/、これに古代韓語では「다」の祖型である「あり」と同源の接尾辞"*-ra"を付けて カキオロショロ /*kakiərəsyərə/ と言ったことだろう。


それは以下の様な変化を辿った。


カキオロショロ /*kakiərəsyərə/

コキオラチョド /*kəkiərəcədə/

ッキオンチョド /*kkiəncədə/

ッキオンット /*kkiənctə/

ッキオンタ /kkiəntta/


「끼다 kki-da」の元となった「掛く kak-」、これは物事に作用を加える行為全般に用いられた。


「掛く kak-」の元となったのは「効く kik-」という動詞で、これは与えた作用が思い通りに進むという意味がある。


「効く kik-」は「来 ku」という最古級の動詞に由来し、これは特定の場所に移動することから転じて作用を与える動詞を作る接尾辞となった。


「来 ku」は最終的に「彼 ka」という指示語に行き着く。これは自分たちではない方を指す。


実は「韓 kara」という言葉は、これから派生した「離る kar-」(遠く離れる)という動詞に由来する。
すなわち韓国を遠く離れた土地と名付けたのだ。「彼 ka」を朝鮮人の祖先は’端、ほとり、~辺' という意味の「가 ka」として解釈した。

半島へ来訪した倭人と交易するために浜辺に行くことは日本語の「有り ari」と同源の存在を意味する接辞「다 -da」を付けて「가다 kada」と言った。

「韓」という漢字は上古復元音で/*[ɡ]ˤar/または/*ɡaːn/。

もともと「韓」という名前の国が戦国時代の中原に存在したため、朝鮮半島南部の地名としての「韓」は倭人によって名付けられた/kara/に対する当て字と考えられる。

一方で「얹다 ənc-da」の語源「下ろす ərəs-」は「下る ər-」の使役形である。

「下る ər-」は海岸を意味する「浦 ura」を語源とする。低いところに行くという意味だ。

「浦 ura」は「海 una」に由来し、文字通りこれは海、つまり地球上の70%を覆う塩分を含んだ巨大な水たまりを指す。

「海 una」は水場全般を指す「沼 nu」に由来する。

「沼 nu」は「名 na」という土地を呼ぶ時に使う言葉の総称から派生した。


物の名を言う時の声から「音 nai」という言葉ができ、声を出すことを指して「鳴く nak-」、音が聞こえてくることを指して「鳴る nar-」と言った。

狩場となる陸地のことは「野 nə」と言い、そこに生えた食べられる植物を「菜 na」と言った。

特に自分たちの所有する水田で育てた穀物は'我々の菜'という意味で「稲 inai」と呼んだ。

植物が生えることを「生る nar-」と言い、転じて何かを生み出すことを「生す nas-」と言った。

一目で何個あるのかわかりにくくなりはじめる数はナの音を重ねて「七 nana」と言った。



このように日本語は世界の現存する民族の言語から派生したものではない。

決して隣国から与えられた言葉ではなく、逆に一方的に近い形で与えている。

あえて言えば人類が狩猟採集生活をしていた頃の言語の直系の子孫が日本語なのである。
posted by 大倭秋都禰禰(McSionnaigh) at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 忘備録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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